これを見せれば、状況は変わるか――?
俺はそっと収納から取り出し、ネックレスの冷たい感触を指先で確かめた。
「おい! これを見てくれ! 領主から貰ったネックレスだぞ!」
鉄格子越しにネックレスを突き出す。
すると、近くにいた兵士の視線がわずかに動き、次の瞬間、勢いよく駆け寄ってきた。
「お前……これは、どこで手に入れたんだ!?」
その顔には疑念が浮かび、まるで盗みを疑うような目つきだった。
俺は落ち着いた声で答えた。「領主から貰ったものだが?」
兵士の眉がピクリと動く。
「は? なぜ領主様がお前に? 正直に話せ!」
鉄格子越しに手が伸ばされ、俺の服がぐっと掴まれる。
「おい! ちょっと待て……こいつが言ってることが本当だったら、どうするんだ! 領主様に確認をしてからにしとけ!」牢屋番が鋭い声を上げる。
兵士は少し考え込むようにしながら、俺をじっと睨みつける。
「……それもそうだな。お聞きすれば、すぐに分かることだしな……。」
それでも警戒を解かず、睨みながら言葉を続ける。
「覚悟しとけ。」
領主に聞いてくれるなら、話は早い。だが、領主が来なかったら――
アイツ、痛い目に遭わせてやるからなぁ……
しばらく待っていると、外が騒がしくなってきた。――やっと、お出ましか?
「貴様ら……なんてことをしているんだ!! 使えん奴らだ!」
地下室まで響き渡る怒声――聞き覚えのある声だった。
相当、お怒りモードらしい。
目の前の牢屋番の顔色が一気に悪くなった。俺をちらちらと見ながら狼狽えているが――もう遅いだろ。
人の話を聞かないから、こうなる。
牢屋のある部屋の扉が開く。領主が入ってきた瞬間、俺と目が合った。
その顔には、あからさまな動揺が走る。
そして、慌てた様子で声を上げた。
「おい! とっとと開けて解放しろ! 何をしている!! 遅い! 遅すぎるぞ!!」領主の怒声が響き、兵士たちは慌てて動き始める。
「……すみません……! 少しお待ちを。」
牢屋番はしどろもどろになりながら、小さく縮こまる。
領主自身もどこか気まずそうに顔を歪めていた。
「いやぁ……すみません……。とんだ、ご無礼を……」
俺は――そこまで怒ってはいなかった。確かに手間ではあったが、考えてみれば俺は完全に不審者だったしな。
「あぁ……別に構わない。それより、土地の話をしたいんだが……。」
俺は軽く息をつきながら話を切り替える。
「――土地ですか? 屋敷でもお建てに?」
領主は目を輝かせ、期待に満ちた声を出した。
……いや、なんでそんなに喜ぶんだ?
疑問を抱きながらも、話を進める。
「お前……この服装を見て……よく言えるよな? 俺が屋敷を立てられるわけないだろ。」平然とそう言ってしまった――領主相手に、『お前』と。
案の定、後ろに控えていた衛兵が即座に反応する。
「貴様!! 無礼だぞ! 領主様に向かって!」
勢いよく剣を抜き、警戒するように構えた。
……まあ、予想通りの展開だな。
「うるさい! 黙っていろ!」領主が鋭く言い返す。
「お前こそ無礼だぞ! 話の邪魔をするな。出ていけ!!」
領主に指示を仰ぐこともなく、勝手に剣を抜く――そんな衛兵こそ、主を危険にさらしている。
緊急事態ならばともかく、今はただの会話だ。
丸腰の俺が無礼なことを言っただけで、主の指示なく剣を抜くのは過剰すぎるだろう。
衛兵は戸惑いながらも後退し、場の空気が一瞬静かになる。さて――ここからが本題だ。
俺は再び領主に視線を戻し、話を進めるべく息を整えた。
「屋敷ではなくて、例の子供の八百屋の物件だ。」
俺がそう言うと、領主の表情が変わった。
「……すっかり忘れていました。さっそく……手続きを。」
さっそく領主はすぐに話を進めようとし、護衛兵に囲まれながら役場へと入る。
俺は、さっき話をしていた役場の人間に声をかけた。「さっき話をしていた物件だが……。」
役場の職員は一瞬固まり、困惑した表情を見せる。
「……はい? またですか?」
どうやら、状況がすぐには飲み込めていないようだ。
「八百屋の物件の話だ。」俺が再度言うと、職員は我に返る。
「それは……お貸しできませんと、お伝えしましたよね……?」
冷たく返されるが、その瞬間――。
「どういう事だ!?」後ろに控えていた領主が前に出た。
「あ、あのぅ……お話を聞く限り、税収が見込めないので……お断りを……。」職員は怯えた表情を浮かべながら、説明を始める。
「わしが、貸すと言っているんだ!」
領主が声を荒げた。
その言葉に、職員の顔がさらに強張る。
「……どういうご関係なのですか?」役場の人間が恐る恐る尋ねる。
その瞬間――領主の顔がみるみると真っ赤になっていった。
「……なぜ貴様に、話す必要があるんだ?」その声は、低く鋭かった。
「貴様は、何様のつもりなんだ? 領主である、わしに意見をするどころか事情聴取でもするつもりなのか?」
睨みつけられた役場の人間は、自分が何を聞いたのか理解し、青褪めていく。
――多分……こいつは、完全な職業病だな。疑問に思ったことを、そのまま口に出すんだろう。
俺と同じだな……。
さっきまで怒鳴っていたとは思えないほど、ぽつりと落ち着いた声。 その赤い瞳は、どこか素直で、頼るように揺れていた。「……まあ、討伐が仕事だからな。」 視線を逸らしながら答えるユウの声は、なぜか落ち着かない。 リリアの柔らかさと温度が、近すぎる距離で伝わってくるせいか——。「……それに、ユウ様はとても頼りになりますわね」 くるりとユウの前に立ち、まっすぐに見つめるリリア。 その視線は真剣で、どこか期待するようだった。「……お前、いつももっと偉そうにしてるよな。」「なっ……なにを!? わたくしは常に上品に、ただ気高く……!」 途中まで勢いよく反論するも、ふと視線を泳がせ、頬が赤くなる。「……でも、その……今回は少しだけ、頼ってもいいかしら……?」「……俺に頼るって、お前らしくないな」「ち、違いますわ! わたくしはただ……状況的に仕方なく、そう、戦略的な意味で! そうですわ!」 ユウは苦笑しながら肩をすくめる。「ま、好きにしてくれ……」「ふんっ……最初からそう言えばよろしいのですわ……よ。」そう言いながらも、リリアはしっかりとユウの袖を握っていた。 森の探索を中に——ぽつり、と頬に冷たい雫が落ちた。「……あっ、雨……?」 リリアが空を見上げた瞬間、突如として空が鳴り、激しい雨が降り出した。「マズいな、こっちだ。走れ!」 ユウは手を引き、リリアを連れて駆け出す。ほどなくして、木陰の中にぽつ
その瞬間、リリアが腕にぎゅっと抱き着く。「きゃっ……! わたくし、ちょっと驚いてしまいましたわ!」——と言いつつ、頬をぷいっとそらしながら、無意識に俺へ寄り添い頬を軽く膨らませながら顔を上げる。「…………。」 ただ、頬をほんのりと赤く染め、ちらりとこちらを伺うだけだった。 ……え? いや、なんだこの可愛らしい仕草? 普段と違う、わずかに揺れる視線。 普段のリリアなら、気丈でプライドの塊みたいな態度なのに——なぜか、まるで別人のような無邪気な反応を見せている。「な、なんでそんなにくっついて……」 思わず戸惑いながら言葉を返すと、リリアはふわりと微笑む。「だって、ユウ様がそばにいらっしゃると……安心できますもの。」 その言葉が、思いのほか真っ直ぐで—— ——不意に、俺の胸が軽く鳴る。 何だこれ。変な感じだ。 しかし、すぐに気配を感じた。「っ、魔獣——!?」 俺はリリアを軽く抱き寄せ、反対の腕をかざす。 魔法の陣が瞬く間に発動し、閃光が飛ぶ。 魔獣の咆哮が短く響き、次の瞬間に魔獣は沈黙しその場に横たわる。 戦場に、ひとつの静けさが戻る。 ——そして、俺の腕に抱き着いたままのリリアが、目を輝かせて俺を見つめた。「すごいですわ……! ユウ様が戦うお姿を、こんなに間近で……見れるなんて!」 リリアは、何の飾りもなく無邪気に喜び、キャッキャと声を上げる。 それはまるで——普通の女の子のような反応だった。 俺はじっと彼女を見つめる。
湿った土の匂いと、葉が揺れる微かな音。しかし、その静寂の裏には確かに異質な気配が漂っている。「……っ!」 レオの肩がびくりと跳ねた。 魔獣の咆哮が響き渡り、地面が揺れる。近衛兵たちは即座に動き、戦闘態勢へと移った。 しかし、ただ守るだけではない。 彼らの役目は単なる護衛ではなく 「王子の活躍の場を確保する」 という難しい任務も抱えていた。 魔獣の巨体が木々の間から姿を現した。唸り声とともに鋭い爪が地面をえぐり、空気を引き裂く。 レオは怯えながらも、ちらりと近衛兵の動きを見る。「……ボ、ボクもやる!」 そう言いながら、ショートソードを握る。しかし、手にはわずかな震えが残っている。 近衛兵たちは巧みに動き、あからさまに倒すのではなく、攻撃をいなすように戦う。魔獣の動きを制限し、レオが攻撃しやすい形に誘導する。「レオ様、今です!」 促される形で、レオは剣を振り下ろした。ザシュッ! 刃が魔獣の肩をかすめる。決定打ではないが、それでも 「確かに攻撃が通った」 という手応えがあった。 レオの目が輝いた。「やった……やったぁ!」 怯えは少しずつ薄れ、楽しさが込み上げる。しかし、魔獣はまだ健在である。「調子に乗るなよ、レオ。次の動きがくるぞ!」 ユウが声をかけた瞬間、魔獣が大きく跳躍する。 近衛兵たちが即座に反応し、レオの前へ飛び出した。 鋼の剣が閃き、魔獣の爪を弾く。その間に、レオは息を整え、次の攻撃のタイミングを測る。 ——戦場は混沌としている。しかし、レオの中には 確かに戦う意志が生まれ始めていた。 森の戦場は徐々に整備され、討伐の拠点が構築されていく。 レオの戦闘は近衛たちに任せても問題なさそうだが、万が一に備え、目の届く範囲で自由に動かせる。魔法が届く距離にいれば、即座
大所帯になってしまい、物資も大量になり馬車の隊列を作る事態となっていた。まるで戦場に向かう隊列だった。俺が前回「料理人も必要だな」と言ってしまい、俺が喜んでいたので今回も用意されていたのだ。 リリアは同じ馬車に乗ろうとしていたが、リリアのお付が「王子殿下と同じ馬車は……さすがに控えた方が。」と言われ不満な顔をして自分の馬車へ乗り込んでいた。 二人だけの広く豪華な馬車にレオと二人っきりになってしまった。だが、お互いに気を遣うこともなく寛いでいた。「なあ、なんで俺に懐いてるんだ?」 ずっと抱えていた疑問。 初めて出会ったとき、レオは冷たい目線を向け、意地悪そうな表情で試すような言葉を投げかけてきた。 それが今ではデレデレの笑顔で、俺の膝枕で甘えてきて寝転がっている。完全に警戒もしておらず、近衛も護衛も同席をしていない。「ん? ユウ兄が大好きだからぁ♪」「だから、なんで好きなんだよ? 初めは、挑戦的と言うか絡んできたよな? 実力を見ようとして。」「あぁ~そうだったっけぇ~? えへへ♪ エリー姉の旦那さんだしぃ~いいじゃん♪ ボクさぁ……エリー姉は姉弟だけどぉ……一緒に過ごしてなくて、兄弟って知らないんだよね。今まで、甘えられる人もいなかったしぃ……こんな関係、受け入れてくれる人いなかったんだぁ。普通に怒ってくれて、普通に接してくれる人がさぁ。」「そっか。」レオの言葉に納得してしまった。 甘えさせてくれる兄弟か。兄弟でも、ここまで甘えないと思うが……ま、レオの兄弟のイメージなんだろうな。好きにさせてやるか。エリーの弟なんだし。実際に義理の弟なんだからな。 俺の膝にぷにぷにの頬を押し付け、頬ずりをしてくる可愛いレオ。その片方の頬を指で突っつく。 陽が傾き始めるころ、やっと俺たちは森へと足を踏み入れた。 レオは軽装備に身を包み、革の胸当てとショートソードを腰に備えている。彼の小柄な体には過剰な装備は不要で、軽快な動き
問題が解決したリリアたちはなぜか未だにその場に留まっており、リリアはほっとした表情を浮かべている。 ……もしかして、王子が楽しみにしていた冒険に行けるのかを心配していたのか? ユウはふと疑問を抱きながら、リリアへ視線を向けた。「リリアたちは帰ってもよかったんだぞ?」 急に声を掛けられたリリアは、体をビクッとさせた。「……わ、わたしも、同行しますわ。せっかくですもの。興味がありましたし。」 ユウはその言葉に、心の中でため息をつく。 あぁ、これはウソだな。 上級貴族のお嬢様が、冒険に興味があるわけがない。しかも、レオの場合……どうせ駄々をこねて泊まると言い出す。そんな環境で貴族の娘が耐えられるわけがないだろう。 そもそも、この冒険とやらは魔物や魔獣の討伐だ。貴族のお嬢様がそんなことに興味を持つとは到底思えない。 ユウは少し眉をひそめながら指摘する。「冒険といっても、獣や魔獣の討伐だぞ? たぶん……泊まりになると思うが、大丈夫なのか? その前に、両親の許可が出ないだろ……。」 その言葉に、リリアはむぅぅ……と声を漏らし、目を潤ませた。 ……困っている。 それは彼女にとって、屈辱だったのか、それとも単に認めたくないだけなのか——。 こいつもなのか……? レオと同じで無許可で同行するつもりだったのか? みんなして、俺を犯罪者にしたいのか!? 公爵令嬢を無断で連れまわし、外泊させたとなれば……どうなるんだよ。まったく。 ユウは静かにリリアを見つめる。「……わたしが決めることですわ。ユウ様にどうこう言われる筋合いはございませんわよ。」 強気な言葉とは裏腹に、どこか不安そうな声音。 ユウはため息をつきながら、視線をレオへ向ける。 レオは変わらず無邪気に笑っている。「ん……ボクが同行を許可するっ♪ 人数がいっぱいの方がたのしぃー」『……楽しいのは、お前だけだろ!』と声に出したい気持ちをぐっと堪えつつ、俺は周りの様子を伺う。
王子自らが「許す」と発言したことで、リリアの緊張は一気に解けた。「お、お許し感謝申し上げます。王子殿下……」 かしこまった口調で声を震わせながら、深々と頭を下げるリリア。 これまでの勝気な態度は消え、礼儀正しく従うべき存在へと完全にシフトしていた。 ユウは、それを見つめながら、近衛兵へと視線を向ける。「リリアたちへの罪は、なくなったよな。手を出すなよ。」 静かに念を押すと、近衛兵たちは黙って頷いた。 その瞬間、リリアの表情がぽわーっと変化する。 安堵と共に、頬がほんのり桃色に染まり、ユウへ向けられる視線が変わった。 驚きの中に、何か別の感情が滲んでいる。 ——惹かれた。 今まで、彼女にとって誰もが自分に従い、気を遣う存在だった。 だが、ユウは違った。素っ気ない態度をとり、なのにリリアを庇い、危険を顧みず堂々と場を仕切り、圧倒的な存在感を持っていた。 それが新鮮だった。 それが……気になる。 それに——惹かれる。 リリアは、自分の心が静かに揺れるのを感じながら、ユウをじっと見つめていた——。 それに続き「手を出すなよー! ボクも怒るからぁっ」レオが俺のまねをして言ってきた。つい可愛くて、レオの頭をガシガシと再び撫でると、撫でられたレオが嬉しそうな顔をして見つめてきた。 近衛や護衛たちは王子の言葉に従い、恭しく膝を折って「かしこまりました」と返答した。その様子を眺めながら、俺は改めてレオの権力の重みを感じる。 王子という肩書きを持ち、彼の言葉一つで場が動く。そんな存在を、俺はこうして頬をむにむにと摘まんでいるわけだが——。「なぁ、冒険に出るのは構わないが、保護者に言ってきたのか?」 前回はちゃんと了承を得てから出かけた。だが、無断で王子を連れて森へ行くとなると話が変わってくる。万が一